*** 北上珍道中(作者偏見、偏屈、意固地ぎみ) ***

 

9月22日(土)

 

井野君から『これから岩手に行くけど行かないか?』の一報で昨晩のトラブルのもやもやが何故か飛んでしまい、迷わず、板さんと武内さんにTEL。武内さんは出なかったけど、板さんもムズムズしていたらしく、誘いに直ぐに乗ってきた。『じゃー 板さん家に18:00に。』てなことで3人で出発してしまった。

 

前から井野君の通っていた北上の釣り仲間の事は聞いていたが、まさかこんな時、こんなタイミングで

決行するとは思ってもいなかったと共に、高松に対する申し訳なさや、白神にいけなかった無念さを打ち消すには不意を突かれた絶好のチャンスだったと思う。そうだ今回の為にリュックとシュラフを小型軽量化のものを調達したのだ。

『行かないと後悔するぞ。』と自分に言い聞かせ、それを口実に再度、新妻になった19時には東北道で一路北上に向かっている車中で、井野君からの情報をまとめると、北上市を中心にヤマメや岩魚の

尺物を毎週のように上げている人たちがいて、根っからの釣りキチのようだ。どうせ井野君の事だから(失礼!)

かなりオーバー気味に言ってるのだろうと半信半疑だったが、まぁー東北に行って『山んなかでキャンプ出来るのなら。』の期待の方が自分にははるかに大きかった・・・・。

 

9月22日(日)

 

北上に0時に到着。地元のメンバーの会長さん宅に5時集合との事なので、何故かカプセルホテルで仮眠。 約束の時間に会長さん宅で、挨拶もそこそこに自慢話が始まり、備え付けの特製冷凍庫の中に、冷凍された30から40cmのヤマメや岩魚がごっそりで、やれどこどこの川で何時上げた○○cmだとかの繰り返しで、やたらと自慢の嵐だ。あげくには、『あなた方にも釣れますよ!。・・・』と来た。自分には逆の意味に取れたが。

総勢7人のメンバーが集合し、2組に分かれて行動する事になった。と言われても我々には従うしかなかったのだが、案内人に、なにやら会長が自ら『自分の先生(釣りの)』と絶句している人と行動する事となったのだ。

我々の車に先生と3人組で一路山中へと思いきや、そばのコンビニで昼飯の弁当の買い込み。

『おいおい、買いだめのレトルトで炊事しないのかよー。食わなくても割り勘にするぞぉー。』と

一人心の中で叫んでいた。

 

そして車は遠野方面に進む。

次回につづく・・・・・

 

北上珍道中(その2)

 

 はっきり言って西も東も判らない自分と板さんは、後ろの座席で車の揺れに体を任

せていた。チョット運転の荒い井野君は、ヨイショもどきの会話で先生なる人とこれ

から始まる釣り談話に花が咲いている。この先生、身長約180、見るに50前後で

無口。漁協の監視委員を始めナイフ工房もやっていたり、見た目とは裏腹なアウトド

アマンらしい。

 

道中約こ一時間の間に自分は先生の出方を観察していたはずなのが、気が付いたら何

時の間にか井野君と一緒にヨイショもどきの会話をしていた事に気が付いた時、何故

かむなしさを感じた。窓の外の景色は「何処と無く新潟の笠堀あたりの景色に似てい

るなぁ。」とボォーっとしているのもつかの間、『先週、ここで○○Cmを上げまし

たヨ。』『それじゃー、この辺から二人ずつ組で上がって見てください。駄目だった

ら直ぐ移動しましょう。』と言われるがままに自分と板さんを車から下ろされてし

まった。そこは田んぼのあぜ道の向こうに川幅10mくらいの小沢が町道沿いに流れ

ている。水量はそこそこでポイントもまあまあだけど、『春先のヤマメならともか

く、今時こんなとこでホンとに尺物なんか居るのかヨ。』でも車はさっさと行ってし

まったので、やるっきゃない。板さんは始めたばかりのフライを準備している。

 

『そんなドン臭い物、お前も始めおったのか?』とブツブツ思ったのが運の切れ目。

自分の竿のリリアンが付いてない!「そうだ、去年の白神でおっ欠いたままだっ

た。」結局、板さんのドン臭い(またまた失礼!)フライの後ろからそっと付いて行

くしか無い自分にまたまた空しさを感じた。「それにしてもなんて今朝は寒いんだろ

う。」

 

 結局1時間くらい板さんの尾行をしていると,クラクションを鳴らしながら降りて

きた車に拾われ『どうでした?』の質問に思わず、『えぇ、根がかりして穂先を折っ

てしまいました。』と言ってしまった。板さんは何も言わないでくれた。

 

 先生は紹介した場所が悪いのか、日が悪いのか、招待した客の腕が悪いのか、首を

かしげながら次々と場所をかえ案内する。でもそのほとんどが里川で、釣果はゼロ。

もともと疑りぶかい自分はますます今朝の話が信じられなくなった。

 

 お日様は当に頭の真上に上り、残暑を照らしているとある小沢で、いい加減メザシ

のような小物ばかりでうんざりしていると、井野君のフライに28cmのヤマメが上

がったと言う。でも自分と板さんが戻った時は、逃げられたとの事。「ホンと

かぁー。」と言う間もなく、先生、胸元からデジカメなる物と取り出し、証拠を見せ

付ける。「この先生、結構IT化してるじゃん。」「なんでぇこのポイントを教えな

いの?」と愚痴をこぼしたくなるのは自分だけではないと思う。

 

 朝、コンビニで買った昼飯を炎天下の下でたいらげた。その頃,車の中では今ごろ

追良瀬堰堤で食べるはずだったバターロールとクロワッサンが、ビニール袋の中で汗

を掻いていた。

 

つづく…・・

 

 

北上珍道中(完結編、作者売れない小説家気分、でも最後はいい加減の巻)

 

午後になってからも先生の気の向くまま、あちらの川、こちらの川と転々としたが一向に釣果はメザシばかり。それにしても地理的感化感覚に強いはずの自分が、こうも位置感覚が分からない場所で釣りをしているのが信じられない。今まで釣行する時は必ず25,000分の1地図が頭の中に展開され、体内GPSの計測により常にその地図の中にズームイン、ズームアウト出来ていたのに、今回ばかりは出発間際のトラブルと、不意を突かれた突発的行動により、何の情報もダウンロードしてこなかったのだ。おのずと今いる場所への期待と、今晩の寝ぐらでの晩餐にも夢が無くなってしまう。「そうだ、今朝、社長さんの家を出る時、3時頃までには戻りますって井野君言ってたよな。」「今晩、何処に泊まるんだ。」

もはや頭の中は、釣りモードではない。

 そんな頭ん中で瞑想していたある小沢での事。小道沿いで民家の軒下で、堆肥が無造作に捨てられ、少し鼻を突く。2m下に妙に小さな堰堤(幅10mくらい)で落差も2m。多分、前の民家の住人が取れたての野菜を洗うのに打って付けの場所なのだろう。

堰堤の下も子供が水遊びするに十分なプールだ。先生いわく『此処での実績はありません。』との事。板さんと自分が軽く餌を流したが、案の定、アタリはなく板さんはそのまま上に行ってしまった。たまたま板さんが、『さっき、林道でドバミミズを拾ったので。』と手渡されていたのに付け替え「ここの落ち込みに飲み込ませて、底を漁れば!…。おっとっとっと。根掛かりかっー?…あれっ、あれっチョットもしかして…」ハリスが小さなプールを縦横無尽に走りまくっていた。ゼロ6にゼロ4の仕掛けでは今自分が立っている堰堤の上には到底引き抜けない。「そうだ、確か板さんがタマアミを持っていたはず…おぉーい 板さ…」振り返ると其処には誰もいない。50mくらい先で先生を囲んで皆で話し込んでいる。幾ら叫んでも川の音にかき消され、振り向いてくれない。「くそっー、此処で逃したら今日唯一のヒットが自慢できないじゃないか!逃してなるものか!」時折水面に顔を出す相手は果たしてヤマメか岩魚か。その瞬間アゴがシャクレタ鮭のようにも見えた。「こんな大物はめったにお目にかかれないぞ!」もはや自分とこいつの一騎打ちに浸れた数十秒である。そこそこに相手を疲れさせると、たやすく手繰り寄せることは出来たが、「はたしてどうやってこの堰堤の上まで上げようか?回り込んで下に降りるのはめんどくさい。…えぇーぃ。」とばかりにしゃがみこみ、仕掛けの先を掴みながら川岸に放り投げた。この絶妙な力加減と、衝撃吸収力は一口では語れない。

 近寄ってみるとそいつはヤマメだった。泥まぎれになりながらハネまくっている。腹を両手で握り締めながら皆のところへ駆け寄る。太鼓が太い。走りながら、「釣りを始めて約20年、尺ヤマメを上げたことがあっただろうか?これは俺の釣り歴の1ページを飾るな!」

たかだか4、50m足らずの距離を、このずっしりとした尺物の感触を十分味わった。

 一番最初に自分に気がついてくれたのは、先生だった。『ウォーッ、ウォーッ』と、自分以上にはしゃいでいる。その時、この人は「これで名誉は保たれた!ウソじゃなかったろ!」と言わんばかりなリアクションに見えた。自分が皆の前にみせびらかそうとした時、

既に先生の手には得意のデジカメがスタンバイされていた。『ハィハィもっと高く持ち上げて。アァそれじゃ魚が入らない。もっとこっち向いて。ストロボを点けると魚本来の色が出ないからね!ハイ、いくよぉー。』まるで七五三の写真を取られてる子供のような気がした。「どぉだー!尺ヤマメだぞー、まいったかぁ」とニヤけている自分が恥ずかしい。『すげぇー!どこに居たー。』井野君や板さんの声も賞賛の声に聞こえる。

 デジカメをとり終えた先生は、『どれどれ』とごつい右の手のひらをおもいっきり広げ、サイズを確かめだした。『にじゅう…はちセンチ…・だね!私のここからここまで23cmだから。よかったね!』と意とも簡単に決められてしまった。皆もそれに頷いている。

「エェーッ、チョットー!それはないでしょー、よく見てよー」と心の中で叫びながらも、顔は素直に認めている自分の姿が脳裏をかすめていた。ふと気がつくと皆、撤収モードで3人の後姿が目に入った。「あの先生は、今日の記憶に、東京から来た釣り人が28cmのヤマメを自慢げに釣り上げたと、毎週のように尋ねてくる他のメンバーの人たちに語るに違いない。だから今度はもっと大物を釣りましょうとでも言うのだろう。」と思いながら、持ち帰る訳にも行かないのでリリースした。「岩魚しか引っ掛けられなかった釣り人生で唯一のヤマメ。こいつは絶対に尺モノだ!」と自分に納得させていた。川のせせらぎの音が妙に寂しかった。

 

 何故か、その場を離れる車の中で今まで以上の満足感に浸っている自分だった。何時もの事だが、その日最大の満足感を体験すると、もうそれ以上の釣りから気持ちは離れ、幕場で夜の晩餐の準備に気が変わるのが常だ。だが今回ばかりは何故か幕場に期待が無い。「そうだ、今晩泊まる場所を決めていないのだ。確か3時頃までには戻るって井野君言ってたっけ。」しかし、先生は『もう一本行きマッカ。』と帰路に着く気配が無い。井野君や板さんも夕まずめを狙っているようだ。結局それから2,3個所回ったが外れた。最後に井野君が毎回必ずヒットしていたと言う何とか川のポイントに移動。時間的にここが最後になりそうだ。そこは橋の下にフライマンには絶好の瀬が続く場所であった。自分はすでにし掛けを絡めてしまい、新たに作る気も無かった。いやハリスが見えない、結べないのだ。橋の上から二人を見ていると、井野君のフライに飛びつくヤマメの姿が一瞬見えたのが、今回の釣り道中の最後だった。

 彼岸も終わった東北北上の夕暮れは晩秋の様な景色だった。車窓には稲穂を焼く煙が田畑にたなびき、真っ赤に染まった山々に絶妙に溶け込んでいた。早朝から12時間以上も遊んだのだから、中年たちにこたえるのも無理は無い。車内のヒーターによる心地良い暖かさが眠気を誘う。隣の板さんはコックリコックリと気持ちよさそう。自分も誘い込まれるかどうかの瀬戸際の時、車は会長さんの自宅に着いた。

 車を敷地内の駐車場に入れ、解散モードになる。「それにしても、何て広い屋敷だ!4〜500坪はありそう。車が5台も有る。金持ちの道楽極まりない!」と誰もが思っているに違いない。駐車場で濡れた靴やジャージを着替えていると、既に帰宅していた会長が豪邸から出てきた。『お疲れさん!どうでした?』『我々も○○川や××川に行きましたが、人が多くて全然でした。私が25と28が2,3本でしてね…』とまた自慢が始まった。

話を合わせながら、早々に着替えを終え、先生には丁重に、会長にはそこそこにお礼を言い、その場を後にした。

 もはやテントを張って泊まる気など誰にも無い。何時も井野君が一人で来ると泊まる、北上駅前のビジネスホテルに車は向かっている。そしてその15分後にはチェックインしていた。『一泊素泊まりで5000円だし、温泉も着いているから』の誘いはまるでホテルの回し者のようだった。荷物を部屋において直ぐに夕食ついでに町に出る。「うまいものが食べたい。ホンとだったら今ごろ八森漁港の幸で恒例晩餐をやっているはず。あぁ魚が食いたい!」と探したのは居酒屋であった。あとはよく覚えていない。散々飲み食いしたあげくラーメン屋でまずい味噌ラーメンを食べて宿に戻ったと思う。

 21時前には宿に戻り、温泉「トロン温泉やないか!」には入り、部屋で缶ビール一本飲みきらない内に寝込んでしまった。

 

924日(月)

 9時にロビーに集合。直ぐにチェックアウト、駐車場を後にする。『どこに行く?』『釣りながら下る?』とりあえず高速でなく4号を南下した。

 何故か今回の旅に「牛肉」が頭から離れない。『前沢牛が食いてー!』板さんも『いいですねー。』と、晴天の中、車は前沢を目指していた。そして快調に飛ばしていたとき、突然のアクシデントは来た。

 『ピッー、ピッー』と笛を吹く警官に誘導されたが、その状況を理解するまで暫く時間がかかった。『スピードかよ!』『どこに居た?』『ショック!』

 免許を持ち、警察の車に連れ込まれた板さんを見ながら、井野君と二人でぶつくさと文句を言い合う。思えばこの東北に通うようになって10数年、毎年のように何かが起きる。何も無い時のほうが少ない位だ。車の事故に始まり、竹ちゃんの骨折事故、ましてや今回は高松の大事故とよくもまぁ起きることだろうか。一度、皆でお払いにでも行ったほうが良いのではと思った。『きっと、山の神様が来るなって言ってんじゃないの?』『いや、今回は白神に来るなって事だったんだよ。』と、運転席に戻った板さんを元気付けながらも自分たちにも言い聞かせていた。板さんも『前沢のうまくて安い店を警官に聞いてきましたよ。』とただものではない。

 開店にはまだ時間が早いので、前沢の温泉でひと風呂浴びる。割と新しい温泉センターだった。11時半、その店は(名前が思い出せない!)1階が肉屋さんで2階が焼肉やで、地元では良心的な店だそうだ。ランチメニューもあり1380円で前沢牛をジャージャー焼きながらご飯もお代わり自由だったら文句もあるまい。確かにうまい。おまけに牛刺し1000円も文句なしだね。

 お腹もいっぱいになってお土産(何故かこれも前沢牛のクズ肉500g500円ときた)も買っていよいよお帰りだ。後は高速を何時ものようにばく進。連休だし覆面に気を付けながら午後10時にはそれぞれ自宅に、無事到着でした。

 

 

おわりに

この物語はすべてノンフィクションですが、作者の記憶違い、偏見等により事実とは一部または大部分を勝手に解釈してあります。また、出演者の皆さんに誤解や恨みを抱く部分もあるかとは思いますが、決して作者の意図する事では在りませんのでご了承ください。