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あれから2年、被災地を廻って!

このゴールデンウィークは春イーハトーブ練習会に参加する為に車にランドネ積んで東北へ行きました。

去年同様、奈良のTotoさんが東北へ行くと言うのでちょうどよいので石巻から牡鹿半島周辺を廻ろうと言う事でご一緒しました。
じつは、この周辺は震災から半年後にGSで廻ったのですが時間がなく廻れなかった地域でもあります。
また、牡鹿半島への被災集落はなかなか物資が届かなく住民達が相当に苦労した土地と聞いておりました。
そんな中、バイクの後ろに救援物質を積んで直接届けてくれると言う同じバイク仲間でもありトライアル仲間でもある仙台のバイクショップ「トレックフィールド」さんにダンボールに品物を詰めて送って直接届けて貰ったこともありました。
なのでどんな様子なのか絶対に見に行こうとも思ってました。
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今回は私はランドネのフロントスプロケをロード走行用に変えてGPSを付けて走り始めました。
Totoさんの泊まっていた石巻のホテルにベンべさんと集合です。
べんちゃんは急遽、実家の仙台へ帰ると言う事でご一緒に行ける事になりました。
なんと、ランドネ125CC、トライアンプST4・1000CC、BMW1200GTと十倍近い排気量の差のあるツーリングです。
まあどうにか一緒に走ることが出来ました。
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前の日の宿泊地は宮城県石巻市の道の駅「上品の郷」です。
私は当日、トラ大会・ペコトラだったので夕刻より家を出発し21時頃に到着しました。
既に車がいっぱいです。
みなさん、車中泊の方ばかりで若い夫婦からお年寄りまで、キャンピングカーや普通の軽自動車までいます。
私は積んできたランドネを外に出してエアマットでビールと食事して就寝です。
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女川の海岸線より少しはいった高台の病院周辺です。
あたりは更地になり撤去できない建物がまだ残されています。
津波の恐ろしさと当時の被災地の事を思うと悲しくなります。
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そしてテレビなどで多く紹介されていた石巻市の雄勝小学校です。
だれもいなくなった校舎に鯉のぼりが上がっています。
また、校舎の中に入ると中は瓦礫が片づけられ殺風景ではありますが津波でやられた跡がなまなましく残っています。
黒板などにはその時の授業のままになっています。
そして壁を見ると消防や警察の捜索メモがショッキングです。
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前に来た時も何か食べてお金を落とそうと考えてました。
しかし、意外に食堂が少ないのです。
諦めて探そうと思った時にすぐにありました。
役場は被災して壊れてましたがプレハブでスーパーや土産、海鮮食堂がオープンしてました。
さっそく海鮮丼とめかぶを注文して腹ごしらえです。
おいしかった!
Totoさんはこれから山形方面、べんちゃんはまた実家へ行くそうです。
また時間を作りいろいろ廻ってみようと思います。
今回、バイクツーリングの人も多く見ました。
もっとたくさん東北の太平洋側の海岸線をツーリングしましょう!

震災から1年。

去年の3月11日から1年です。
この1年皆さんはどう感じていたんでしょうか。

私は震災の日は朝からさいたま大宮にある某ヘルメーカーで朝から仕事してました。
揺れが始まると仕事がコンピュータシステム関連なので目の前で自分の背丈ほどあるサーバラックが左右に揺れ始めて倒れそうになってきたので地震のあいだそのラックと壁の間に自分を挟んで倒れないように支えていました。
今だから言えますが、今思うとほんとに怖かった。。
でも倒れていたらこの会社?大変な事になってました。

その日は家に帰れずに帰宅難民になりかけましたがどうにかカプセルホテルに転がり込んで宿を確保できましたが帰るのにも電車が泊まり次の日が長男の引越しだったのでそこで女房の運転する車に拾われました。

地震の直後は何をしていいか分からず何をしてもパット来ない日が続きました。
でも、何故か夏にかけて仕事が忙しくなりました。
と言うのも東北でコピー機やらが生産できない為に事務機屋さんがこぞってシステム絡みの商談を繰り広げたんですね。
そんな影響が自分にも影響して関西方面やらにやたら出張が多くなりました。

短い時間に乗れるトラ車以外のバイクもこの1年、ツーリングらいいツーもできませんでした。
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その中でやっぱり今自分の目で見なければ行けない所という思いから上のような茨城・日立那珂を5月に見に行きました。
そのときに瓦礫の山を目のあたりにし地元の人にお話を聞いた時の印象を強く思っています。
被災地は福島、岩手、宮城がほとんど取り上げられますが、首都圏から近い茨城の海岸沿いも相当な被害を受けこの写真の瓦礫のずっと上の地域まで津波が押し寄せて家を飲み込んだそうです。
復興・かたずけについては大分進んでいると感じましたが家がなくなったところに瓦礫の山が残っているだけだと思います。
生活はまだまだ復興されていないと思います。
そしてそろそろ東北の地へ行こうと思って11月に東北の海岸線をバイクで廻ってみました。
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写真で見ても分かるように11月でこのような状態です。
気仙沼、南三陸、石巻と廻りましたがこの場に立つと津波の凄さに圧倒させられます。
また、その地ではテレビで写るような景色だけではなく等身大の被害と臭いが凄まじいです。
行った時に一番感じたことは前にも報告した通り、大きな政府の力は当たり前ですが民間の会社が大きな重機を使って変えて行かないといつまでも進まないと言う事です。

1年立つ今これからどう向き合うかですが、私はとにかくまた東北へ行ってみようと思います。
ツーリングでもいいしドライブでも良いので前みたいに気楽に行こうと言う事です。

明日は去年、直前で中止になった全日本トライアルの第一選、茨城・真壁に応援に行こうと思います。

東北被災地を廻ってきました。

この土日は東北をGSで廻ってきました。
これはまったく計画になく自分のなかで前から被災地は行っておかないとと言う気持ちがずっとあったのです。
そこに行って自分の目でみて感じておく事が必要と思ってました。
この日曜に仙台・菅生サーキットで全日本トライアル戦があるので前の日から行って廻ることにしました。

朝7時に家を出ると12時前位には前沢ICに着きました。
そこで降りたら直ぐのところに最近、世界遺産登録された平泉があります。
ちょっと寄り道したらバイクを停めてお参りしてしまいました。
平泉については後ほどブログで紹介させて頂きます。
平泉から心地よい道路をはしり紅葉した山々を眺めながら走ると大船渡の海岸線にでます。
街を走りながら新しい看板が出てきます。
津波警戒地区です。
。。景色が変わりました。 
一見これから立てる住宅団地かなと思わせる更地です。
ようく見るとガレキが積み上げられてまだかたずけの出来ない家や車が沢山転がっています。
7ヶ月経った今でもまだあの時のままで放置されている所も殆どかも知れません。
大船渡から気仙沼、南三陸町とずっと走ります。
そして気仙沼の海岸線の市内に曲がってみるとびっくりです。
なんと表現したらいいのか、ほんとに絶句です。
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車の残骸です。 この中で大型バイクもあるんですよ。
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テレビではみましたが実際にみるとこんなに大きなタンカーがなぜここに。
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復興はまだまだです。
個人のボランティアの力ではとても足りません。
大きな会社や組織、政府がもっと動かないと新しくならない。
その場に行って見ると工事車両や重機が沢山動き、またボランティアの人達が行きかい、海外からも沢山の人が来ています。
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凄く悲しくなりました。
ショックでした。
上の写真のアパートは3階まで津波が押し寄せたみたいですね。
考えられますか。。
セブンイレブンはプレハブでどうにか営業を再開していました。
何故か私は朝9時に飯を食ったきりであとはずっと走り続けて夕刻7時にコンビニでおにぎりをやっと食えました。
言葉にならないような事は沢山あるのかも知れませんが、テレビでみていて人事みたいに隣の火事場みたいに無関心にだんだんなるよりそこで何をしたらいいかを感じ取るのがよいかもですね。
100年に一度あるかないかの災害に自分が生きてる時に出くわしました。
ちゃんと受け止めましょう。
そこに行くと海水の溜まって腐ったニオイや重機の煙のニオイ自分の家の場所で佇む人達すべて現実なんです。
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寒くなるのでパニア一杯にホッカイロを持っていきました。
でも、受け入れてくれる場所を探すのに苦労しました。
地方自治体や役場なのですかね。 
でも分かりませんので南三陸の大きな仮設住宅に持って行きました。
しかし、責任者がよく分からず渡せなかったので交番の若いお兄さん警官に渡して「絶対持ってってね。」と言って置いてきました。

この日は石巻を廻り松島経由の仙台に泊まる予定でしたがとても時間がなく廻れませんでした。
暗くなると道路が綺麗になってますが段差もあるしナビ通りではなく街頭が少ないので危なくてバイクでは走れません。
石巻でルートインのホテルが見えたので飛び込んで泊まりました。
ここから菅生サーキットに行きます。

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